大判例

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大阪高等裁判所 昭和48年(ネ)112号 判決 1975年12月18日

控訴人

寺井逸郎

右訴訟代理人

安倍治夫

被控訴人

右代表者法務大臣

稲葉修

右指定代理人

宗宮英俊

外一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し金二、〇〇〇万円およびこれに対する昭和二七年一月七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張および証拠関係は、次のとおり付加するほかは、原判決の事実摘示と同じ(ただし、原判決八枚目裏八行目の「三〇日」を「二五日」と改める。)であるから、これを引用する。

一、主張

(一)、(控訴人の主張)

1  控訴人が、控訴人に対する破産宣告ならびに破産廃止懈怠より自ら損害を被つたことおよび被控訴人がその「加害者」すなわち、損害賠償義務者であることを知つた、というためには、控訴人において次の諸事実を認識していなければならない。

(1) 国である被控訴人に対する損害賠償請求を可能ならしめる法的根拠、すなわち、国家賠償法の存在。

(2) 違法な裁判により生じた損害についても、国家賠償法により被控訴人が賠償責任を負う可能性があること。

(3) 控訴人に対する破産宣告、破産廃止懈怠の違法性が単なる不適法の程度をこえ、不法行為の程度にまで高まつていたこと。

しかるに、旧憲法下に育つた控訴人としては、長年にわたり、国家無答責、裁判官無答責を信じていたものであり、新潟地方裁判所M裁判官の示唆により、昭和四五年八月二五日、はじめて国家賠償法の存在を知るに至つたが、なおも、裁判の違法にまで同法の適用があるとの自信をもつことはできず、そのころ、東京在住の弁護士安倍治夫に電話で問合せ、ようやく右適用についての確信をもつことができた。そして、その後、前記破産宣告、破産廃止懈怠の情況についての調査を遂げたうえ、同年一二月末ころ、再び同弁護士に電話で照会した結果、右破産宣告および廃止懈怠の違法性は可責的違法行為(不法行為)にまで高まつており、かつ、その証明も可能な情況にあることを知つたのである。ちなみに、裁判の違法は、それが違法であるがゆえに直ちに不法行為として損害賠償の対象となるものではない。すなわち、違法な裁判のうちには、不可責的違法性の限度内にとどまる(したがつて、損害賠償責任を生じない)ものと、可責的違法性を有する(したがつて、不法行為として賠償請求の対象となり得る)ものとがあり、両者は厳格に区別されるべきであるが、その区別には比較的複雑、高度な法的判断を要する。控訴人は、自己に対する破産宣告、破産廃止の懈怠をはやくから裁判官の違法行為として批判、攻撃してきたけれども、それが可責的違法行為に該当するとの認識はなく、その認識は前記昭和四五年八月二五日を起点とし徐々に成熟し、同年一二月末ごろに至つておおむね完成したものである。したがつて、控訴人の被控訴人に対する損害賠償請求権の時効起算点は早くとも昭和四五年八月二五日、より正確には同年一二月末ごろと解すべきである。

2  仮に、右時効起算点に関する主張が認められないとしても、違法な破産状態が継続したことを原因とする次のような身体的疾患、経済的信用の喪失は、破産廃止後の昭和四三年二月以降、控訴人に顕在化するに至つたものであり、したがつて、右身体的疾患、信用喪失に基づく控訴人の被控訴人に対する損害賠償請求権の時効起算点は、それらが顕在化した時点に求められるべきである。

(1) 心臓疾患、高血圧(動脈硬化)症

破産の精神的衝撃による心痛と不眠との相乗効果が徐々に内攻波及し、やがて高血圧症(動脈硬化症)と心臓疾患(主として心不全)を招来し、昭和四三年二ご月ろから胸部圧迫感等の自覚的病状を伴つて控訴人に顕在化するようになつた。

(2) 眼部疾患

違法な破産状態からの権利回復のため、控訴人は昭和二六年ごろから同三八年ごろまでの間、連日連夜にわたり、数十冊にも及ぶ事件記録や法律文献を精読しなければならなかつた。このための眼精疲労は潜在的後遺症として持続し、次第に視力減退、左眼の飛蚊症状態を呈するようになり、昭和四四年ごろ左眼高血圧性網膜症として、その疾患が顕在化するに至つた。

(3) 融資拒絶、取引停止処分

破産廃止後、控訴人と金融機関との当座取引は一応再開されたものの、控訴人が破産の前歴者であるがために、充分な担保を有するにもかかわらず、一時的な融資さえも拒絶され、昭和四五年六月ごろ、ついに振出手形が不渡となり、さらに、同年一〇月二〇日、和歌山手形交換所により取引停止処分を受けて、事実上倒産するに至つたものである。したがつて控訴人の右経済的信用喪失は右の昭和四五年一〇月二〇日に顕在化したというべきである。

(二)、(被控訴人の主張)

1  仮に、担当裁判官の措置に破産廃止懈怠の違法があつたとしても、以下の理由により、同裁判官に過失があつたとするわけにはいかない。

すなわち、裁判官が事件を処理するにあたり、これに適用すべき明文の規定が存し、その解釈も全く一義的で、他の解釈を容れる余地がないのにかかわらず、それに反する措置をとつた場合には当該裁判官に職務上の義務違背の過失があることは明らかであるけれども、明文の規定がなかつたり、法令の解釈が多義的で学説、判例上も見解が区々にわかれているような場合には、当該裁判官が自己の良心と信念にしたがい、ある一つの見解をとつて事件の処理をした以上、その見解による処理が一部の学説や上級審の見解と異り、結果的に違法視されたとしても、そのゆえに同裁判官に過失があつたとするのは相当でない。

そこで、本件につき、この点を考えてみる。まず、(イ)債権届出期間内に破産債権の届出が皆無である場合に破産裁判所がとるべき措置を定めた明文の規定がないばかりでなく、他に同種の裁判例も存在せず、また、(ロ)破産法三四七条の同意廃止について、同意を要する破産債権者の範囲如何は、同法条の解釈上も見解のわかれるところである。そして、債権届出期間内の届出が皆無の場合は、同法三四七条を類推適用し、職権によつて破産廃止決定をなすべき旨の見解が確定的であつたわけでもない。(なお、この場合に、原判決説示のように、同法三五三条を類推適用すべき余地はない。)そうすると、控訴人にかかる破産事件担当裁判官が職権により破産廃止をしなかつたことが違法であつたとしても、同裁判官に過失があつたということはできない。

2  控訴人の被控訴人に対する損害賠償請求権の消滅時効の起算日として、昭和二六年一二月一五日、同三八年八月二〇日のほかに、さらに、同三八年二月一三日ごろを追加する。右起算日は、破産法三四七条に基づく控訴人の破産廃止申立てについての和歌山地方裁判所の却下決定に対し、控訴人が「債権届出期間内にその届出がない場合、裁判所は破産を終結する義務がある」旨を主張して、大阪高等裁判所に即時抗告を申立てた日であり、その日を起算日とすべき根拠については、原判決理由第五項の説示を援用する。

二、証拠関係<略>

理由

一新潟県販売農業協同組合連合会(以下「農協連」という)が昭和二五年一二月一一日に和歌山地方裁判所にした申立てに基づき、同二六年一二月一五日、同裁判所担当裁判官が控訴人を破産者とする旨の決定(以下「本件破産宣告」という)をしたことは当事者間に争いがないところ、当裁判所も、同破産宣告には何らの違法もないと判断する。そして、その理由は、原判決理由第二項の説示(原判決一〇枚目表二行目から同一二枚目表九行目まで)と同じであるから、これをここに引用する。

二本件破産宣告にあたり、担当裁判官は債権届出期間を昭和二七年一月七日までと定めたが、その後、同年四月九日、右届出期間を同月三〇日までに変更する旨の決定をしたこと、同届出期間内の債権届出は皆無であつたが、そのころ、同裁判官が破産終結決定をしなかつたことは当事者間に争いがなく、<証拠>によると、本件破産宣告に対し控訴人は大阪高等裁判所に即時抗告をしたが、同裁判所は、昭和二七年一月二四日、同抗告を棄却し、そのころ右破産宣告が確定したことが認められる。

ところで、破産裁判所は、破産宣告と同時に債権届出期間を定め(破産法一四二条一項一号)、これを公告するとともに、知れたる債権者にはその旨を記載した書面を送達することとされている(同法一四三条一項三号、二項)が、右期間内の届出が皆無で、しかも、その破産宣告が確定している場合、破産手続をどのようにすべきかについては、直接これを定めた規定がない。しかしながら、この場合は、破産手続に参加する者が全くないのであつて、同手続を続行する必要も実益もなく、そもそも続行することが不可能というべきであるから、如何なる方法によるかはさておき、いずれにしても、破産裁判所としては、可及的速やかに当該手続を解止しなければならないというべきである。もつとも、このような場合には、破産者においては破産法三四七条に準じて、直ちに、破産廃止の申立てができると解されるから、破産裁判所としても、破産者に対して右申立を促すのが妥当であるけれども、その申立てもないときには職権により破産手続を解止するほかはなく、その方法としては、同法三五三条または三四七条の類推適用による職権破産廃止、あるいは同法二八二条に準じた職権による破産終結が考えられる。そして、当裁判所は右のうち最後の方法によるのが相当であると考える。けだし、破産法三五三条は、破産財団が不足し、破産手続の費用を償うに足りない場合の規定であるのに対し、届出債権者が皆無のときは、破産手続の費用を償うに足るか、足らないかを問うまでもなく、同手続を続行する必要がない場合であつて、前提たる事実関係が著しく異なる。また、同法三四七条は、あくまでも破産者の自主的な申立てを前提とする規定であつて、これを申立てのない場合に類推適用するには疑問がある。これに反し、同法二八二条は、配当による破産の終結に関する規定であつて、もはや、破産手続を続行すべき余地がない点において、届出債権者皆無の場合と同視できるからである。なお、届出債権者の皆無を理由とする破産終結決定があつた場合には、破産者は、少くとも、破産法三六七条に準じて、復権の申立てができるものと解すべきである。

もつとも、(イ)右説示のような職権による破産終結は明文の根拠がなく、許されない、(ロ)破産裁判所の定める債権届出期間は、期間後の届出を無効とするいわゆる除斥期間でも不変期間でもなく、期間後の届出も有効とされるのであるから、届出期間内の届出が皆無であつても、その後の届出を待つべきであつて、直ちに破産手続を終結させるべきではない、と考える余地がないでもないが、届出債権者がないということはそれ以上破産手続の続行が不可能の状態に達したみるべきであるのに加え、破産宣告が破産者に対し、公、私各種の資格を失わせるばかりでなく、その身上にも種々の制限を課する等、重大な不利益をもたらすものであることを考慮するとき、債権届出期間内にその届出がない場合、破産事件担当裁判官としては、可及的速やかに右説示の職権による破産終結決定をなすべき職務上の義務があるというべきであつて、これを否定する見解は相当でない。

本件の場合、債権届出期間内に届出がないのに、担当裁判官がそのころ、破産終結の措置をとらなかつたことは前記のとおりであるところ、控訴人にかかる破産事件の記録であつて、<証拠>によるも、その後、控訴人の申立てに基づき昭和三八年八月二〇日に破産法三四七条による破産廃止決定がなされるまでの間、担当裁判官が控訴人に対して同法同条に準ずる廃止の申立てを促した形跡はなく、前説示の職権による破産終結の措置がとられなかつたことは明らかであるから、同説示の見地からみて、同裁判官の右不作為は、妥当性を欠くというよりも、むしろ職務上の義務に違背し、違法であると断ぜざるを得ない。なお、破産者に右破産法三四七条に準じた廃止申立てが許されることも右結論を左右するものとは解しがたい。

三進んで、右説示の職務義務違背の不作為について、担当裁判官に故意または過失があつたかどうかを検討する。

まず、債権届出期間内に届出債権が皆無である場合に破産裁判所のとるべき措置については明文の規定がなく、そのような場合に破産手続をどのようにすべきかについての学説、裁判例もほとんど発表されておらず、また、実務上の取扱いも確立されていなかつたことは、当裁判所に顕著な事実である。そして、届出期間経過後の債権届出も有効であることから、同期間内の届出が皆無であつても、直ちに破産手続を終結すべきではないと考える余地がないでもないことは前記のとおりであるところ、<証拠>によると、届出債権者がないことのゆえに延期された控訴人にかかる破産事件の第一回債権者集会期日(昭和二八年一月二二日)において、破産申立人である農協連の代理人から「示談交渉中のため延期を求める」という申述がなされたことが認められ、この事実に徴すると、少くとも、その時点においては、右農協連からの債権届出がなされるかも知れない状況にあつたことがうかがわれる。

ところで、明文の規定がない場合に類推適用すべき法令の有無や、如何なる法令を類推すべきかについて疑義があつたり、明文の規定があつても、その法令の解釈について学説、判例が区々にわかれているような場合、事件処理にあたる裁判官が一つの解釈的立場に立つてなした措置が、結果的に違法であつたとしても、そのような措置をとつたことが、具体的諸事情に照して裁判官に要求される注意力を欠いた結果によると認められるものでないかぎり、当該裁判官に故意または過失があるとするのは相当でないというべきである。

これを本件についてみるに、前記担当裁判官の職務義務違背の違法は、明文の規定がなく、学説、裁判例、実務上の取扱いも確立されていない分野にかかわるものであるうえ、前記のように届出債権者が皆無であつても、職権により破産終結をすべきではなく、その後の届出を待つて破産手続を続行すべきであるとする見解も全く成り立たないというわけではなく、しかも、前認定のように届出期間経過後の債権届出がなされるかも知れないと予想される状況にあつたことに照すと、控訴人にかかる破産事件の担当裁判官としては、右のような職権による破産終結を否定する見解のもとに前記説示の破産終結決定、その他の破産解止の措置をとらなかつたものと推認するのが相当であり、かつ、右解止の措置をとらなかつたことについて、同裁判官の不注意があつたとは断定しがたい。そうすみと、右説示の破産終結の懈怠は、違法ではあるけれども、その懈怠が担当裁判官の故意または過失によるものと認めることはできないというべきである。

四以上、説示したところにより、国家賠償法一条一項に基づく控訴人の本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく、失当といわざるを得ず、これを棄却した原判決は結論において相当であって、本件控訴は理由がない。

よつて、民訴法三八四条、九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(前田治一郎 荻田健治郎 尾方滋)

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